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私はハグ屋さん

お客さんは障害者。そんな専門デリヘルでの経験が豊富な著者が書く、さまざまな男性との出会い

第38回 『障害者専門デリヘルの事情』

こんにちは。桂樹碧です。今回は障害者専門デリヘルで働いていたほかの女の子と、社長の違いなどを書きます。

私が「障害者専門デリヘルで働こう!」と思って最初にしたことは、ネットでの検索でした。現在は都内に1店も無くなってしまったのですが、その頃は3店が営業していました。

A店はいかにもデリヘル! 風俗! といったデザインのサイトでしたが、視覚障害者に配慮して、テキストのみのページもありました。在籍嬢は10人弱で、年齢層は20代前半〜半ば。

B店は個人が作ったサイトだなー、という感じのデザイン。ここは障害者の性を扱うサイトからリンクされていて、そのサイトマスターと店長は友人関係でした。在籍嬢は同じく10人弱ですが、年齢層は20代前半から30代後半と広かったです

C店もデリヘルだなー、という感じのサイトで、ぽっちゃり系の人ばかりでした。後でB店の店長に「あそこはバックがやくざなんだよ。ぽっちゃり系っていうかデブ専。でも障害者ってデブ専多いから需要はあるよ」と教えられました。在籍嬢は5人程度。

3店とも電話で問い合わせたのですが、C店の対応があまり良くなかったので、A店とB店で仕事をすることにしました。このコラムの中心となっている2店で、源氏名あすかで働いていたのがA店、あけみで働いていたのがB店です。

B店の店長にはA店でも働いている、と打ち明けましたが、特に怒られたこともなく、障害者専門デリヘルだけで仕事するなら、掛け持ちした方がお金になるから、と逆に勧められました。

A店の店長はこれが始めての風俗業で、私がいろいろとアドバイスする立場になってしまいました。SMコースを作ったのも、A店です。B店の店長は風俗業経験ありな人でした。障害者の性に関しても良く理解していて、安心して仕事ができました。

2店とも店舗待機ではなかったので、ほかの嬢と会う機会は忘年会ぐらい。A店の忘年会は私を入れて嬢は3人のみの出席でしたが、A店の店長の友人であり共同出資者のキャバクラ経営者がキャバ嬢を連れてきました。

それまであまり会う機会のなかった私たち嬢3人ですが、忘年会の後はこっそり二次会。1人は耳が不自由な人でしたが、唇の動きで何を話しているのか分かるので、意思の疎通は問題なかったです。仕事は一般事務とのこと。もう1人は出版業界で働いている人で、大学生のときから在籍していたそうです。

2人とも、デリの仕事で儲ける! というよりは、お金になるボランティア感覚で働いていました。3人で常連客のことや、お店に対する愚痴などを話して盛り上がり、そしてほかの子がどんな風に接客しているかも聞けて、勉強になりました。

B店の忘年会はほとんど全員参加。こちらは本業も風俗という人が多かったです。店長がいたので、店の愚痴は言えませんでしたけど(苦笑)、接客の方法や、常連客について話しました。

どちらのお店の嬢たちにも共通して言えることは、お金を稼ぐために仕事をしているのではなく、有料ボランティアをしているようなノリで仕事をしていることでした。

A店の店長は風俗も水商売も経験がなく、福祉の資格も持っていない人でした。でも、福祉関係の本は読んでいたみたいで、最初に一応講習がありました。基本的な着脱の仕方などで、私はヘルパー2級を持っていたことと、風俗経験ありだったので、仕事の流れを書いたプリントを渡されただけでした。

B店の店長は福祉経験も風俗経験もある人で、講習は一切無し。ぶっつけ本番で仕事に行きました。でも、分からないことは教えてくれるし、いろいろ相談にも乗ってくれました。

収入や仕事の大変さは、どちらのお店も同じぐらいで、送迎をしてくれることが多かったB店の方が、少し楽だったかな? という感じです。どちらのお店も毎日のように仕事があるわけではなく、お店全体で1ヶ月に1件しか仕事が無いときもありました。

私は、コラムの第1回で書いた愛人契約を結んだ人がいたので、生活に支障はありませんでしたが、障害者専門デリヘルだけの収入で生活することは無理でした。ですから今でも、愛人契約してくれた方には感謝しています。

今は両店ともに閉店してしまい、とても残念です。常連客だった人たちは「今頃どうしているのだろう?」と思います。

それではまた次回♪

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